結婚と信仰について|信仰に熱心な家庭との結婚後の付き合い方

信仰は必ずしも人を幸せにはできないのかと思ってしまった出来事

仕事や転職に関係ない話になります。
自分はもう少しで40歳で子供が2人いるパパです。


先日、相談されたことだったのですが書こうかどうか迷った記事です。
でも同じような思いをしている人がいるかも知れないので、書いてみようかなと思いました。

結婚前の自分の実家は、ほぼ無宗教でした。
その環境で育った自分も宗教というものとは無縁で、それが「普通」でした。

ところが、結婚した奥さんの家庭は、ある宗派に熱心な家庭でした。
先に書いておきますが、決して怪しい宗教じゃないです。ごくごく普通の宗教です。
怪しさゼロです。歴史の教科書にも出てくる宗教です。

先日、奥さんの従兄弟からこんな相談されました。

「信仰の熱心な家と結婚して大変じゃなかったですか?」と。

従兄弟と、自分も結構仲良くて、従兄弟(Aとしましょう)には男兄弟や男の従兄弟がいないらしく自分に相談してきました。
A君の実家が信仰に熱すぎて、A君妻とその実家がのA君実家についていけないと。

信仰と結婚について考えてみた

まず、自分の話です。

自分は無宗教の家でそだったのでそれが普通でした。
そして、結婚の報告をしたときにまず言われたのが、お世話になってるお寺の人に報告の式をちゃんとしようと。
その時の自分の気持ちは「???」という感じでした。

親も呼んでほしいと言われましたが、無宗教で宗教に無縁の親にいきなりお寺来てというのは、当時は怪しく思われそうと思ったので、パスさせてもらいました。
その後、お寺の人が自分と同じ年というのもあり、毎月のようにお寺に1回行けるときに行きました。
当初は奥さんが行くなら自分もついていかないとダメだよねくらいの気持ちでした。

その時も「なんで毎月お寺に行くの???遊びたいじゃん???」っていう気持ちもありました。

通っていくにつれて、少しずつですがお寺の方たちとも仲良くなって、住職の方も同じ年というのもわかり、仕事を変えるときや子供を授かったときなど色々とお世話になりました。
感謝をしていますし、これからも良いおつきあいができれば良いなと思っています。

お布施代わりといってよいのかわかりませんが、お寺を広めたいということでHPも徳積みかなと思って無償で作ってあげたりしました。
もう結婚して12年たちますが、ずっと関係が続いているお寺です。

関係が築けているのは、自分の実家には何も言ってないから

今の所、特に問題なく関係が続いている要因として自分の実家には何も影響がないからというのがあります。
僕の奥さんの親は僕の実家にまで無理にお寺に来るようにとかそういうのは言いません。

できる人ができることをやればよいんじゃないかなという考え方です。

だから自分の家にも小さい仏壇(女性でも持てる小型サイズ)をおいたときも、それは僕の親には内緒で来るときには布かけてます。
知らないほうがうまくいくこともあると思ってるからです。

僕の父親は長男です。息子(僕も長男)が勝手なことやってると思われるのも面倒なので、内緒です。
長男だけど無宗教無関心な父親に代わって、将来自分がそのへんは背負っていく気持ちはできています。

自分がやるから、70近い親で今まで無関心だった信仰に今から染まってと頼むのも無理だと思ってるので、知らないほうがうまくいくならそれで良いと思ってます。
それが自分と自分の実家との現状です。
奥さんの実家とも良好な関係が築けているので、それで良いと思っています。

ただ、僕はそれが苦痛だと感じたことは特にありません。(結婚当初は戸惑いとかもあったけど)
結婚って両家の習わしも受け入れていかないといけないものだと思っているので、全部が全部納得できることばかりじゃないと思うんですよね。

逆に知らない世界が見れるということで、プラス思考で考えるようにしています。

奥さんの従兄弟(A君)の家庭の場合は少し違いました

先日相談されたのですが、A君の親の場合は少し違うようで。
A君の親ということは、僕の奥さんの母親のお姉さんです。

僕の奥さんと従兄弟ですから当たり前ですよねw(そんなのわかるよって感じですよね)

A君の奥さんが、現在子供を授かるために治療をしてるんですよね。
往復で2時間以上かかる病院に通っています。

自分の奥さんも半年くらい治療で病院通ってたので、その時期の女の人ってストレス溜まるし、疲れるし、嫌だし、デリケートな心になりますよね。

そして、A君から相談されたのが、
「子供が授かるように、年に2回遠くのお寺にお参りに行く参拝旅行のようなものがある。奥さん連れていかないか。」
とA君親から言われたようです。

でも、A君妻はお寺というものに抵抗があり、僕も先日知ったのですが旦那が行くならということで通っていたお寺の方と子供のことでA君親も交えて話すことがあったらしく。
そのときに「祈りが足りないから子供ができない、お寺に通って祈りをたくさんしなさい」的なことを言われたようです。

それを聞いてA君母親は
「一生懸命お祈りしないとダメ。お寺にもいっぱいおいで。参拝の旅行にも言ったほうが良い」
という考えになり。

しかし、A君妻は
「クリニックに通って治療してるのに、祈るだけで子供ができるわけない!なんでそんな事言われなきゃいけないの!」
という完全に拒否する考えになってしまい。
若い女性が義親の前でそんなことを言われてしまったのが、もともと嫌だった気持ちにさらに拍車をかけてしまったのです。

ちなみにA君も信仰心に熱いわけではなく、親とは温度差があります。
親孝行だと思ってお寺に時々いってる位な感じです。

そしてA君妻は
「もし子供ができてもお寺には絶対に関わらせたくない!」と言ってると。

A君とA君妻は医療関係者です。
信仰とはある意味真逆の世界に生きてる人たちなんですね。
信仰による生と死ではなく、現実の生と死を見てきているのです。

だからなおさらそのように言われたことに、戸惑いと言うよりは怒りがわいてしまったようです。
実家同士仲良くしてほしいとは思ってるけど、どうしたら良いでしょうと相談されました。

上にも書いたように結婚ってお互いの家の風習もある程度は我慢して受け入れないといけない部分はあると思う。
ただ、僕とA君妻にしてみればもともと無関心だった信仰という世界に対して、普通よりもすごく熱心な家庭だったのです。

それを拒絶するか、その場しのぎでも良いから参加するかの違いで、僕は参加(適応)する方を選びA君妻は拒絶する方を選びました。
ちなみに僕の奥さんの妹の旦那(義弟)も拒絶を選びました。

僕は自分で言うのもなんですが、わりと人に馴染みやすい性格かなと思ってるので、今はたまに遊びたいのになぁと思うこともありますが、生活の1つになってる感じです。

土日はずっとA君と長文LINEのやり取りをして、A君が全てを抱える必要はない。
その場しのぎでも良いから我慢してもらうことも時には必要だし、A君妻の愚痴を聞いてあげられるのもA君しかいないと話をしました。
それが夫婦なんだからと。全てA君妻の言い分を通すこともないと思うし、大人なんだから多少の我慢は必要かもねと。

その後、A君妻も少しクールダウンしてくれたようですと報告をもらいました。
良かった~とは思いましたが、あくまでも感情がクールダウンしただけで根っこの部分は何も変わってないので、今後もこういう問題は起きるんだろうなぁと思います。

A君から言われた一言「信仰って必ず人を幸せにするとは限らないと思うんです」という言葉が自分の心に響きました。
自分の当たり前が、必ずしもあいてにとっても当たり前じゃないんだよなと改めて思いました。

仕事にも言えることだと考えさせられた2日間

脱線しちゃいますが、仕事にも通じることだと思います。
自分の当たり前が、周りの人の当たり前じゃない。仕事は1人じゃない、チームで行うものだから、周りの人の意見もキチンと聞いていかなと誰も付いてこないだろうなと考えさせられました。

A君夫妻はサッカーが好きとのことなので、車で1時間位の遠方に住んでるんですが、今度お寺の行事じゃなくて普通にプライベートでサッカー見てゴハンでも食べて愚痴り会でもしようよと話してます。
そういうところから、少しでもみんな仲良く築けるような関係性ができればと思ってます。

A君妻とは普段遠方だからあまり話したこと無いので、無信仰で外から来た者同士仲良く語り合いたいですね♪

この記事はあまり装飾もなく真面目な日記にしてみました。




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